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美人の条件。

さて、2018年がそろそろ終わろうとしていますが、皆さんはどんな年でしたか? 私は人生でもっともスッキリしない1年でした。そしてもっとも変化が多かった年でした。 結婚、引っ越し、転職、夢への挑戦、別居(ネガティブな意味ではないです)・・・。いづれも前々から考えていたことではなく、この1年で全てを考えるきっかけがあり、全て実行しました。 一言でいうと、めちゃくちゃ疲れました。笑 姉から聞いたのですが、こう言った変化は一見嬉しいことであっても心身には相当なストレスになるそうです。酷い場合は精神的にやられてしまうこともあるとか。 確かになぁと思うことが特にこの1〜2ヶ月多かったです。 あと、なぜかパッと決めることができない。感度が鈍くなっているのでしょうか。割となんでも一瞬で判断するタイプだったので、転職の際も今も、なかなか決めきれなくてこれまたストレスです。単に、結婚したから考慮する点が増え、悩ましいとも言えるのかもしれませんが、どちらかというと独身時代よりも選択肢が増えたから悩んでいるのかもしれません。 では何で悩むのか?選択肢が増えたから悩むというのは、ズバリ、自分の軸がなかったんだと思います。 一つ前のブログにビジョンの話をしましたが、ようやく明確になりました。 それを軸に、これからどう働いて生きていくのか?をゆっくり考える年末にします。スッキリしたい!! というところで本題に入ります。 私の思う、美人の条件は 情熱がある 行動している 前向きである ハイカラである(自分に合ったお化粧や身なりをして楽しんでいる) そう。そうやって振り返ってみると、私はこの1年、上記の真逆だったんじゃないかなと。 言うまでもなく来年の目標は、 「美人になること」「美人でいること」 その方が、周りにいる人もハッピーですもんね! 皆さんの思う、美人の条件は何ですか?  

ビジョンを持つこと。

こんにちは。久しぶりの投稿です。 画像は今年行った、カリフォルニア・ナパにて。全然ナパ感ないですが。笑 ノースリーブ着てますが、この後夕方6時くらいにサンフランシスコへ戻った時はカーディガンに冬用のマフラーを巻いていました。日中と朝晩の寒暖差がワンシーズン違います。これからご旅行へ行かれる方はくれぐれもご注意を! さて、今日は「ビジョンを持つこと」についてお話します。 ビジョン、と聞くとパッと思いつくのは企業理念だとか、そういう類のことだと思います。私もなんだかんだ人事畑にずっといるので、ビジョナリーカンパニーだとか、ビジョンがあってミッションがあってバリューがあってクレド(行動規範)があって・・・とすぐに想像します。 でもこれって、企業に限らず、個人も持っているはずだと思うんです。 先日、事務所の社長から指導を受けていた時、やっと「これだ、この声だ!」と思う瞬間、本当に一瞬なのですがありました。その印象を言葉で表すなら、 あったかみのある声 ふと出てきた言葉でしたが、これこそが自分が実現したいこと、具体的に言えば あったかい声で、聞いている人に心地よく感じてもらえるナレーションをしたい ということこそが、小さい頃からの夢でもあり生涯の目標なんだと自覚しました。 社長にも、「それが良さなんだ」と言っていただき、なんだか自信を持って自分のビジョンにできる気がしました。 考えてみると、誰でもビジョンを探しているのかもしれません。 先日102歳の祖父が大往生を遂げたのですが、お坊さんがこんな話をしてくれました。(私の意訳です) “南無阿弥陀が人生の軸になる、と手紙に残したお坊さんがおりましてね、その方は人生で5回も結婚しているのですが、4回も奥様に先立たれているんですね。それで彼は悟ったのでしょう。人を支えにしてもあまりにも簡単になくなってしまうもの。そうして最終的に仏の道にたどり着いたのでしょう” これを聞いた時、ビジョンに似ているなと思いました。 ビジョンにする上で大事なことは、自分が正しいと思う判断基準を常に示唆してくれるか、自分が奮い立たせられるか、自分が気持ちがいいなとストンと納得できるか、だと思います。 そういう意味で、ビジョンが仏様であっても、自分で作った言葉や信念であっても、誰かの行き方であっても、なんでもありだと思うのです。 そしてもう一つ。 ブレないビジョンを持つ人は、必ず成功します。どんなに優れた人でも、ビジョンがなくては何者にもならないと私は思います。 と、いうことで! あったかい声で、聞いている人に心地よく感じてもらえるナレーションを。 今日からこれが私のビジョンです。 声は性格と言いますから、こういう声を常に出すのもものにするのも、とっても難しいと思いますが・・・。人生は鍛錬。毎日がビジョン達成の為のエッセンスと思って生きて行きます。 そして、くそまじめになりすぎず、ポジティブに!(自分に言い聞かせ) 皆さんのビジョンは何ですか?          

ナレーション業修行の道#7〜個性とは意志を持つこと〜

こんばんは。気がつけば2週間ぶりの投稿です。2週間前から新しい仕事が始まり、緊張もあり毎日疲れてすぐ寝てしまう日々が続いていました〜。この2週間だけでも様々な人に会い、いろんな視点を感じ、また自分自身を見つめ直す機会もありで、すでに学びがいっぱい。またこのことが忘れないように別記事に書いておこうっと。 さてさて。今夜はナレーション業から発見したこと。ズバリタイトルの通りなのですが、 「個性」とは「意志を持つこと」 当たり前じゃん?と思われた方もいるかもしれませんが、ナレーションに置き換えて少し説明させてください。 そもそも個性とは、ググるとこんな風に出てきます。私も少し前まではほぼ同じ解釈で、人と違うこと、秀でていることが個性になっていると思っていました。なので、声を使う世界でも、 「綺麗な声」「可愛い声」「たくましい声」「色っぽい声」 などが個性、そして武器になるのだと思っていました。実際私がこの世界に憧れを持ったのも、 「いい声してるね」 と見知らぬ人に褒めてもらったことがきっかけでした。(単純・・でも動機は何でもいいのです!) でもでもでも。日々鍛錬をしていると、そうではないことを思い知らされます。 ナレーターの使命は 聴く人に心地よく感じてもらい、伝えた言葉を以って楽しんでいただくこと だと私は今のところ定義しています。その上で大切なのは、 50音をまず自分のものにする 相手の気配を感じて 言葉の意味を紡ぐ 表現方法を身につける 上手くならない と言った順序が基本ですが、3と4の間で身につけること。それが 自分の意志を以って表現する ただしこれ。気をつけなくてはいけないのが、「表現=感情移入」と勘違いすること。サークルや部活や朗読会ではよくお見かけするかもしれませんこの光景。 これは表現ではなく、自分に酔いしれている(2 ができていない)のでダブーです。 ではここでいう「表現方法を身につける」とは?それは例えば 強弱をつける 伝えるベクトルを変える(いつも同じ人に言わない) 音圧をつける などなどなど・・、様々な手法全てをさします。 こう言われても、「強弱っていつどこでつければいいの?」「ベクトルってどう変えたらいいの?」となりますよね。それは、 自分の意志で決めればいい のです。そしてこのこと自体が自分の個性になるのです。上記の他に、例えば句読点をどこにつけるかもその人の個性です。これはどこまで読み込んでいるか、というレベルにも比例しますが。 最近そんなことを学びまして、思わず目から鱗でした。 秀でたもの以前に、まずは基本、その上で自分の意志を以って読んだものがすなわちその人の個性になると。 これって、守破離という言葉に近しいなと私は思いました。 まずは基本を身につけ、自分のカラーを出し、次第に自分流を確立する・・・。先週の金曜日にフェルメール展に行ったのですが、芸術も同じだと思います。なんでもゼロはなくて、どんな著名人も基礎から学んでそのうち自分らしさを確立し・・。もちろん中には生まれた時から天才もいると思います。でも、そうでなくても「個性」は生まれる。 なーんか、ナレーションって奥が深いな!!!と感じた一つの一例でした。 それではまた^^      

「鶴瓶の家族に乾杯」を観て幸せを感じる夜

みなさんこんばんは!台風24号は大丈夫だったでしょうか?先日京都へ行った時、台風21号の生々しい爪痕を見たばかりなので、台風の怖ろしさを身近に感じています。 なので昨日からずっとNHKを流しっぱなしにして最新情報を見ていました。幸い、私は何事もなく夜を明けましたが、被害に遭われた方も沢山いらっしゃっと思います。ご冥福をお祈りすると共に、1日も早く復興しますようにお祈りします。 NHKを流しっぱなしにしていたこともあり、今夜はノーベル賞の本庄さんの声を聞き、そのまま鶴瓶の家族に乾杯を観ていました。普段は全くテレビをつけないので、とても久しぶりです。 京都の宇治方面が舞台だったのですが、その土地に暮らす方々のお話、大学のサークルで訪れる人、チラシを見て来た人、5年付き合い彼の誕生日のために着替えてディナーへ行くカップル、思わぬ災害でサラリーマンを辞め家業を継ぐことになった夫婦、合唱が趣味の旦那さん・・・様々な人の人生の片鱗を見て、何だか胸がジーン涙腺がじんわりしました。 「幸せ」 って日々の中にあるんだな、と何とも胡散臭い言葉ではありますが、心から思いました。 最近私は転職したのですが、前職は正直環境も働く人間のタイプも人生初!が多かったので刺激的ではありましたが、自分を変えないと付いて行けず割と必死だったことを辞めてから実感しました。 「そんなのひーちゃん(私のことです)じゃない」「もっと普通でいいんだよ」 と姉に言われた時、全く自覚していなかったので驚いたと共に、スゥーっと心のしこりが取れて行く感じがしました。 仕事を頑張らないわけではありません。けれど、変な風に頑張ると(多分これを無理するというのだと思います)、心の中に大きな石みたいなのができて、感動も感性も少し鈍るような気がします。 家族がいて、仕事があって、大切な人がいる。 これこそが、幸せの絶頂なのだと思います。大志を持つことは素晴らしいことですが、家族を大切にできず、仕事もろくにせず、誰も幸せにできない人はとても不幸だと思います。 と、書いている私ですが、最近遠くに暮らす夫へ強く当たってしまうことが続き、彼を不幸せにしてしまいました。しばらく距離を置くことにしたのですが、とても惨めて空虚で、私は今不幸せなのだと思いました。それも、自分で巻いた種。バカです。 夫よ、ごめんね。。 とまた泣きそうになる月曜の夜なのでした。 ちょっと悲しくなってきたので今夜はこの辺で。またお会いしましょう!みなさま良い夢を。