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Drawing is healing

こんにちは。 絵はお花ではなく、紅葉をスケッチしたものです。笑 幹の色は最後につけました。 小さい頃から絵を描いたり色ぬりするのが好きだったのですが、この前20年以上ぶりに色鉛筆を購入し、(厳密には自分で買ったのは初めて)スケッチしました。 楽しかった! Drawing makes me heal. ちなみにこのえは手紙と一緒に92歳の祖母にプレゼントしました。おばあちゃんの部屋が少し明るくなるといいな。 それではまた^^

ナレーション業修行の道#10〜やるだけやってあとはたのしむ〜

こんにちは。 先日のレッスン時、徹底的に今の悪い癖を直そうと1週間みっちり練習した気持ちでいました。が、なんだか一気に不安にかられました。 「練習の通りにできなかったらどうしよう」 「練習のやり方が間違っていたらどうしよう」 結果、まずまずと言ったところだったのですが、録音を聞いてみるとなんだか小さくまとまっている。それを「緊張したためだと思う」とKさん(社長です)に話したところ、 「緊張してるってことは楽しんでないってことでしょう?もう練習やりきったらあとは楽しまなくちゃ」 そしてこのことに気がつけたからラッキーと思え、とも言われました。 人生一度は似たような言葉を聞いたことがあるひとも多いと思いますが、この業界で食っていこうプロでやっていこうと気合いを入れると、尋常じゃないくらい練習の時もレッスンの時も収録の時も緊張します。やっていても「これであっているんだろうか」「あぁまだまだだ」なんて思うこともざらにあります。 しかし! 「プロでやっていく以上、ある意味楽観的にならなきゃ。生きていけないよ」 私の愛読書『達人のサイエンス』にも達人を目指す上で注意したいことに“くそまじめ”と掲げられていますが要はそういうこと。 何かあった時に、Optimist になれるかどうか。 ただの楽観主義はNGです。ここまでやったんだからあとはもう・・・という感じの楽観。 メリハリっていうんですかね。楽観も、前向きも、ポジティブも、どれもいまいち適切な気がしないのであれですが、 あとはもう楽しもう! まだこれだけ(例えば時間やお金)あるじゃないか! きっと大丈夫 なんとかなるよ Bla Bla Bla… と言ったことをどれだけ日常生活でもできるかだと思うんですよね。 余談でかつ手前味噌ですが、私の夫はそういう意味ではめちゃくちゃ素晴らしいです。このトレーニングを中学生くらいからとあることがキッカケでできるようになったんだなぁと側で見ていて思います。尊敬。 よーーーーーし。 私もトレーニングをしよう! 前回のブログに続き、 動機とさよなら活動 Optimist training ちょっと大変かしら?いやいや、良いチャンスだもん。そして将来の自分と大切な人のために今、やらなくては。きっと、ずっとやり続けるのでしょうが。 それではまた^^      

ナレーション業修行の道#9〜物事には全て動機がある〜

こんにちは。寒暖差が続いていますが、ご体調など崩されていませんか? 私は1ヶ月ほど前から体調を崩しまして(いろんな意味で)、最近ようやく回復してきました。まだ通院しているのですが、どうやら根本的な部分に原因がありそうという気がしてきました。 もともと人一倍責任感が強く、誰が見ても清く正しく生きていかなくてはいけないなんていう気持ちが強かった私。小学生の時、知らないおじさんに挨拶したら「八方美人だね!」と言われたことがあったっけ。(挨拶しただけなのに失礼ですよね!)でも今振り返ってみるとあのおじさんよく見抜いたなと思ったりもします。みんなに良く思ってもらいたいから、争いごとが起きて欲しくないから、といった気持ちから何か頼まれても引き受けちゃう、NOと言えない、そして結局うまくできないと自分を責める・・・といった悪循環に苛まれていたんだな、とこの歳になって初めて自覚しました。 そうなってくると、だんだん自分の感情を見失うそうです。「これは嫌なのか?」ということも分からなくなってしまうとか。嫌だという感情のはけ口を、言葉や態度出なくても持っていればまだいいのですが(そもそも自覚がないとできませんが)、私の場合、吐き出すのがとっても下手だったということにも気づかされました。でも、意外とこの手のタイプは多いみたいです。 で、いよいよ本題なんですが。先日のレッスン中、メンバーの一人に社長が読み方の癖がなかなか抜けきれない彼女に対して言いました。 「その癖はどこから来ているの?それをしないとどんな気持ちなの?」 続けて、 「人間は、全て動機があってやっている。動機がわかっていてきれいにおさらばできればOKだけど、わかっていないと問題」 ポロン、と私の心に入って来ました。 ナレーションだけでなく、全てに置いて同じことが言えるな、と。そして今の私の状態にも・・・。またまた良い言葉をいただきました(いつもありがとうございます) おっしゃる通り、「全て動機がある」んですよね。私の場合も、なぜそういう思考回路になってしまうのか、動機があります。この数週間ほど、その動機探しをしていました。そしてその動機にきちんと向き合おう!と。Kさん(社長です)の言葉を借りていうならば、 「きれいにおさらば」する 今すぐには無理かもしれないけれど、例えば赤ちゃんが卒乳をするように、なんどもなんども「バイバイ」と言い続けることが大切なのではないかと思うようになりました。 きっと、その動機にしがみついていた方が、「いつもの自分」に安心ができるんだと思います。だからきちんと向き合おうとしていなかったんだろうなぁと。 なので! 2018年もそろそろ終わる今日この頃。良いチャンスをもらったと思って、【動機とさよなら】活動をしています。もちろん、ナレーションに置いても同じ。きっとこれからまたどんどん癖が付いてくると思いますが、今の私の癖は 雰囲気でやる(一言一言言い切る前に次を読む) イメージを先に作ってしまう 緊張してしまう(楽しんでいない) 最後のは癖って感じではなく、どちらかというと性格的な部分ですが、これらと向き合って、さよならします!! 簡単なことではないけど、前向きに前向きに少しずつ少しずつやっていこう。 できないことや嫌なことに対しても、きちんとNOと意思表示をすること。当たり前のようでなかなかできない人もいるんじゃないかなと思います。そして八方美人に生きないことw ナレーションも私生活も、ぜーんぶおんなじだなぁとつくづく感じます。 それでは、また^^    

ナレーション業修行の道#8〜「自分がある」とは〜

こんにちは。一気に寒くなりましたね〜。連休は紅葉を見に行った方も多いのではないでしょうか?私は体調を崩しほぼ外に出られませんでしたが、昨日近所を軽く散歩したら慎ましい紅葉を目にしました。きっと30メートルもない距離に佇んでいた紅葉でしたが癒されました!アイキャッチは、その時みた紅葉をスケッチしたものです笑 さて。本日はナレーション業修行の道#8、「自分がある」とは? 本格的にナレーションと向き合ってちょうど半年が経ちました。下手ではないけどまだまだ素人、と言ったレベルが続いている(と言われる)私。全然喜ぶことではないのですが確かに、下手なりに向上している感覚が5ヶ月くらいまでありました。 しかし! 6ヶ月目くらいに入ってから、違う感覚にずっと囚われていました。 言葉にするならば、うーん何だろう。 「芯がない」感じでしょうか?聞いてても、楽しい楽しくないとかうるさいうるさくない以前の問題で、ふにゃふにゃに聞こえるんですよね。 それは、声の出し方=上半身を使えていないからだ、と理解し修正しても、なんか微妙。 モヤモヤしたままレッスンに行くと、ひとこと社長からズバリ。 「自分がない」 と。 えっ、でも自分って前に出しちゃいけないんじゃないの?ナレーターは言葉の意味を紡ぐのが仕事だから・・・と思いましたが、 「言葉を紡ぐ以前に自分がないと意味がない。自分があるから相手に紡ぎたくなるんだ」 と。 えぇ〜。わぁ、勘違いしていた私。 振り返ってみると、上手くならないように、変な小技を身につけないように・・・が先攻しまくって、とにかく自分を消す、黒子に徹する方向で鍛練していました。 だから、芯がないように聞こえたのか、とガッテン。 では、「自分を持」ってナレーションするにはどうすればいいか? 気持ちを作る?No no、それは一番ナンセンス。 じゃあ自分の意思を持って表現する?No no、それは表現の一つであってベースやることではない。 それは、 状態を作り 「自分」が背中に付いている感覚を持って 声を発すること 1については、上半身を解放すること。 特殊なのが2です。これはテクニックというよりも感覚。脳に司令するのではなく、背中から「自分」が声を出しているんだという意識を持って行うこと。感覚的ですが、全く違った声が出ます。 3は1と連動しますが、丹田を意識して息をするところに声を乗せるだけ。 この状態がベースであって、表現はこのうえに乗ってきます。 ベースを私なりにまとめました。 「自分」を背中に抱える 上半身を解放する 文字を理解する 聞き手の気配を察知する 意味を伝える 上記の順のように、表現者にとって1が一番大事だと思います。 ですがこれまで社長が声を大にしなかったのは、1を勘違いする人が多いからだと思います。自分をだす=気持ちを作る、のような。 今はその違いがはっきりわかります。理解する順も、大切なのですね。でも、もっと早く気づきたかったし指摘されたかった!急ぎは禁物とは言いますが、たけのこのようにぐんぐんと成長したいです。 それでは、また!